連載・特集

2024.5.6 みすず野

 「庭に小亭をかまえている。木漏れ陽がここちいい」という書き出しは、ドイツ文学者の池内紀さん「一畳間の天下」というエッセーだ(『なじみの店』みすず書房)。広さは1畳。江戸末期に北海道から樺太、千島を探検した松浦武四郎が造った1畳間の書斎にあやかった◆そこには「なるたけ身軽でいて、ものを持たないこと。生来無一物。雨露をしのぐ空間もまた最小の『一』でいい。それとても、わずかにこの世に残した仮の宿りだ」という思想があった◆ところが、池内さんの1畳間には壁がない。屋根も、当然柱もない。広げると1畳の広さになる花ござだ。庭に敷くと植木が天然の壁を作る。大空の天井は無限に高い。「枕と珈琲カップと一、二冊の本。これがわが方丈だ」と◆中信には芝生が植えられた公園がいくつもある。花ござをくるくる丸めて持って行き、迷惑にならない場所で広げればたちまちそこに書斎ができる。寝転がれば鼻先で草がそよぐ。持ってきた本を読み始めれば、5月の風が心地いいに違いない。心配なのは雨だけだ。大型連休はきょうまで。ちょっと書斎へ、と言い置いてから出かける楽しみもある。