連載・特集

2024.5.8 みすず野

 匂いは時々、記憶を強く刺激する。晴れた朝、家から一歩外に出て、草と空気が合体したような匂いがすると、夏の記憶がよみがえる。ケチャップと揚げ物の匂いが混じると、小学校や中学校の給食風景が目の前に広がる。都内で生活するようになって初めての秋、キンモクセイの匂いを知った。以来、この花は18歳の秋の記憶につながる◆作家の恩田陸さんは、このことは誰もがなんとなく意識していて「筒井康隆の『時をかける少女』のヒロインが、理科室のラベンダーの香りを嗅いでタイムトラベラーとなるのは決して偶然ではないのだ」(『土曜日は灰色の馬』ちくま文庫)という◆ラベンダーという植物を知らず、苗を買い鉢植えにしてからその香りを知った。今ではあちこちで見られるが、以前はそれほど当たり前の花ではなかったと思う。『時をかける少女』で、その香りに興味を持ったが、鉢植えで嗅いでみるとどうということはなかった◆朝刊は5時前には届く。配達されたばかりの新聞を手に取ると、印刷インクの匂いがする。その度に、印刷締め切りの降版時間に追われ、刷り始めの紙面を手にしていたデスク当時がよみがえる。