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2025年

穂高東中のシンボル 荻原碌山のブロンズ像「坑夫」 生徒が初の洗浄作業 輝き復活

2025/07/24
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 安曇野市穂高東中学校の生徒と隣接の碌山美術館の職員が23日、同校に設置されている、穂高出身の彫刻家、荻原碌山(本名・守衛、1879~1910)の代表作「坑夫」のブロンズ像を磨く作業をした。偉人の功績に思いをはせながら、長年風雨にさらされ付着した汚れを取り除いた。
 前身の穂高中学校が昭和29(1954)年に開校した際、旧南安曇教育会のはからいと遺族の理解で正面玄関の前庭に設けられて以降、親しまれてきた同校のシンボルだ。美術部員4人が、洗浄剤とブラシで汚れを落とし、蜜ろうワックスを塗布して布で磨き上げると、酸性雨による雨だれ模様が一掃され、輝きを取り戻した。
 「坑夫」は碌山が巨匠ロダンに師事し、パリの美術学校で学んでいた1907年の制作。イタリア人男性がモデルの力強い作風で、日本近代彫刻の礎を築いた傑作と称される。2年生の小林要太さんは「作業に関わり、碌山は地元の宝だとあらためて感じた」と話した。3年生の山田朱里部長は、総合的な学習の時間で碌山を学んだり、清掃の時間に同館の掃除を行ったりしてきた同館との交流を振り返り「素晴らしい芸術が日常にある恵まれた環境」と感謝した。
 碌山の十三回忌に合わせ遺族が前身校に寄贈した「小児の首」をシンボルとする穂高南小や、同館が開校記念として「坑夫」を贈った穂高西中から、メンテナンスの相談が寄せられていたことを受け、碌山ゆかりの作品を屋外に設置する穂高西小や穂高北小へも同館職員が出向き、作業を済ませた。
 いずれも初めての取り組みで、碌山美術館の武井敏学芸員は「先人や関係者たちの思いが宿るもの。芸術的価値を伝える作品性が保たれれば」と話している。

前庭にある「坑夫」のブロンズ像をきれいにする生徒ら