3・11 欠かさず被災地へ 豊科の清沢穂高さん 現地の人と共に黙とう
2026/03/10
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平成23(2011)年3月の東日本大震災から11日で15年がたつ。安曇野市豊科の会社員・清沢穂高さん(29)は毎年3月11日、宮城県石巻市を中心に被災地に赴き、発災時刻の午後2時46分に黙とうをささげる。大学生の頃、被災地で子供たちの学習支援に取り組んだ経験がある。現地の人と共に鎮魂のサイレンを聞くと「当時を思い出し、気が引き締まる」と語る。
震災発生当時は中学生だった。父親が血管の手術をする日で「不安が二つ重なった」のを覚えている。松本大学(松本市新村)に入り、石巻市の大街道小学校の学習支援ボランティアに加わった。授業や野外キャンプ、放課後児童クラブで子供たちに寄り添った。
石巻市は津波で甚大な被害を受け、犠牲者は災害関連死を含めて約3500人に上る。親を失った子供もいたが「記憶をほじり出すようなことはしなかった」。子供が話してくれた時は静かに耳を傾け「とにかくよく遊んだ」。繰り返し通ううちに顔を覚えてくれて「うれしかった」と笑顔を見せる。子供がプレゼントしてくれた工作作品を大切にしている。
社会人となって直接の交流はしていないが「あの子たちは今は20代。無事でいてくれるかな」と思いを寄せる。3月11日に現地に足を運ぶのは大震災のことを「忘れてはいけない」と思うからだ。自分に無理を強いるのではなく「おいしい海の幸をたくさんいただく」旅を楽しむ気持ちで続けてきた。今年もこれからも「その日、その時刻は意識していきたい」と話す。




