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2025年

高校球児を支えて70年 奈良井宏美さんが県高野連を引退

2026/02/14
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 指導者、高校野球連盟役員として球児の活躍を支えた奈良井宏美さん(86)=塩尻市宗賀=が、本年度で県高野連を引退した。コーチを務めた学生時分から数え、高校野球に携わって約70年。同じ競技を愛する仲間と紡いだ時間を、感謝とともに「かけがえのない財産」と振り返る。
 洗馬宿の旅籠で生まれ、中学時代は投手として鳴らした。松本県ケ丘高、日本体育大を経て高校教諭を選び、母校を振り出しに監督を歴任。松本深志高では長男と親子鷹で甲子園を目指した。監督経験者として初の県高野連理事長に就き、日本高野連評議員も務めた。
 指揮官としてのベストゲームは、上田時代に丸子実業(現丸子修学館)を破った昭和56(1981)年の夏大会準決勝。完全試合を喫した苦い敗戦も、甲子園本部員として現在は米大リーグで輝く菊池雄星選手らの所属高の面倒を見た経験も、思い出は枚挙にいとまがない。活動を支えた原動力は野球が好きの一心。選手ファーストの目線を忘れずに尽くした。
 「野球を取ったら何も残らないね」。県高野連顧問を退くに当たって、亡き妻・紀子さんの言葉を思い出すという。教え子も全国区の名将も含めた数々の出会いが幸せだったとし「人に恵まれた」と感慨深げに語る。
 長く高校野球界に身を置いた立場として競技人口の減少を憂う。「底辺拡大に役立ちたい」と新たなやりがいを見据え、「生まれ変わっても指導者をやりたい」と目を細める。肩書きが外れる今後は聖地を目指す孫の成長をはじめ、一人のファンとして白球を追う球児を見守る。

長年にわたり高校野球の発展に尽くした奈良井さん