赤れんが煙突シンボル…松本・旧赤羽味噌醤油醸造店の工場と土蔵解体へ
2026/01/14
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赤れんがの煙突で親しまれてきた松本市里山辺の旧赤羽味噌醤油醸造店が、敷地内の工場や土蔵を近く解体する。ほぼ1世紀にわたって変わらぬたたずまいであり続けたが、一昨年に事業を畳み、将来にわたる施設の維持管理は困難と判断。4代目の赤羽俊幸さん(70)が「断腸の思い」で取り壊しを決めた。里山辺のランドマーク的存在として多くの目に留まり続けた景観が惜しまれつつ姿を消す。
醤油と味噌の醸造や貯蔵に使った工場や土蔵を早ければ2月にも取り壊す。築年数はいずれも約100年。かつてはこの場所で、もろみの攪拌や圧搾、火入れやろ過などが忙しく繰り返されたが、現在は役目を終えた巨大な木桶や圧力釜などが静かに眠る。
同醸造店の象徴だった赤れんがの煙突は、大正13(1924)年の築造という。高さが20メートル近くあり、側面に白地で「赤羽しょうゆ」と書かれた端正な姿が北アルプスによく映える。伊勢湾台風などに見舞われた昭和34(1959)年に一度は崩れたが、わずか3カ月で再建。地域住民のみならず、地元の美ケ原温泉を訪れる観光客にも親しまれてきた。
醸造店は赤羽さんの曽祖父で、旧里山辺村村長も務めた故・九馬市さんが明治時代に創業。赤羽さんも大学時代に発酵を学ぶなどし、24歳で家業に入った。使用する米作りや醸造、販売、配達を自営でこなす毎日に休みはなかったが、こだわりの商品は全国の顧客に愛され続けた。
二人三脚で営んだ妻の幸子さんと往時を振り返り、人生と共にあった工場との別れについて「手足をもぎ取られるようなつらさがある」と語る。「何事もいつかは終わりがくるんだなぁ」と自らに言い聞かせるように、煙突を見上げていた。




