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2025年

開墾の歴史 記念碑に刻む 安曇野市堀金・岩原区如蔵林 満蒙から帰郷し松林を畑に 開拓者の子ら建立

2025/12/03
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 安曇野市堀金烏川の岩原区の西端には「如蔵林」という、かつて松林だった地域がある。満蒙開拓団として中国に渡り終戦後に帰郷した男性と、その妻8組16人がこの林を開墾し、生活をなした。記憶が風化していく中で、先人の苦労の歴史を後世に伝えたいと子世代の住民たちが今秋、現地に記念碑を建立した。
 如蔵林は約15ヘクタールで、大半は国営アルプスあづみの公園堀金・穂高地区(里山文化ゾーン)に組み込まれている。その公園境に立つ実生とみられるアカマツの隣に「如蔵林開拓地 ここにあり」と刻んだ石碑を建てた。
 開拓団の多くは農家の次男や三男で、帰郷しても仕事がない。16人は終戦間もない昭和22(1947)~24年、旧・上堀金村の共有林だった如蔵林を割り当てられ、開墾した。
 子世代の住民によると、当初は近くの物置小屋で集団生活を送りながら木々を切り、畑にして麦や大豆を育てた。山麓で水を引けないため水田ができなかった。各所の切り株は農作業の邪魔になった。「伐根した切り株のたき火の周りでよく遊んだ。この作業は並大抵のことじゃないなと感じた」と子世代の丸山峰雄さん(69)は振り返る。
 開墾から78年が経過し、初代16人の最後の1人が昨年亡くなった。そうした中、初代の人たちの意向であった石碑建立を、丸山さんら4人が発起人となり実現させた。発起人の一人で企画者の百瀬新治さん(74)は「子世代約20人が全員協力してくれて責任を果たせた」と安堵している。
 6日に除幕式を行う。丸山さんは「先人が苦労して開拓してくれて開けた土地になった。開拓団が開墾した土地は他にもあるが、この場所もその一つだと知ってほしい」と願っている。

如蔵林開拓記念碑と、建立発起人の人たち

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