連載・特集

2022.7.5みすず野

 あれは鉢伏山だったか。かつて小紙に、草原を黄色に染めるニッコウキスゲの写真が載った。カラー印刷が普通になった30年ほど前で、技術の向上をアピールする狙いもあったのだろう。でかでかと飾ったので印象深い◆ニホンジカに食べられ、高原の美ケ原や高ボッチにもあった群生は姿を消す。保護柵を設けたり、忌避剤を試したり。紙面の話題は長い目で復活を目指す取り組みに移った。お隣の霧ケ峰などへ足を延ばした人がお土産代わりに文や写真を寄せてくれる。黄一色の群落がまた載るといい◆一昨年の6月下旬、上高地の梓川べりでカメラに収めた花はニッコウキスゲか、その仲間だと思う。スマホのアルバムに入っている。霞沢岳や六百山を後ろに咲くさまは実にすがすがしく映った。ユウスゲ他の同属と共にワスレグサや萱草と総称され、立原道造の詩集「萱草に寄す」も〈わすれぐさ〉と読ませる◆忘れな草が「私を忘れないで」と哀願しているのに対し、万葉歌人たちは忘れ草に寄せ、諦めて忘れようとしても忘れられない恋のつらさとか古里への愛惜をうたった。沈んだ気持ちをひととき忘れさせてくれる花である。

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