連載・特集

2022.5.17 みすず野

 一病息災と言う。小欄にたびたび出てくる内田百閒の「一病」は不整脈の発作だった。無病の人もどうせ同じ〈あの世〉へ行きつくのだから、その〈道筋〉である病気を〈踏み馴らした方がよくはないか〉と、随筆に書いている◆筆者もまた〈一病息災〉である。30歳を過ぎたばかりの時、くも膜下出血で救急搬送された。前兆があったかと問われて思い当たる。取材先で何げなく血圧計に腕を突っ込んだところ、200を超えていた。あの時もしも医者にかかっていたら、発症は避けられたかもしれない◆きょうは高血圧の日。20歳以上の2人に1人が患者だといい、医師の団体が減塩を呼び掛ける。ホームページを見ると川柳・標語コンテストが毎年行われていて、昨年の最優秀川柳は〈「めんどう」を「うんどう」に換え正常値〉―重々分かってはいるのだが...◆百閒先生は〈病気は生きてゐるしるし〉と開き直る。〈四百四病の病魔〉が家の周りに垣を造っている間は〈長寿の神は行きどころがない〉とも。偏屈さも慕われた。教え子たちが「まあだ死なない」と、定例の〈摩阿陀会〉を催した。あやかって〈一病を大切に〉したい。