連載・特集

2021.11.13 みすず野

 「街をゆき子供の傍を通る時蜜柑の香せり冬がまた来る」。教科書に載っていたこの短歌をなぜか覚えている。作者は白樺派の歌人木下利玄で、大正8(1919)年に発刊された歌集『紅玉』に収められていたと知った▼季節の訪れを知る匂いがある。塩尻市内だと、ブドウの香りが秋の訪れを告げる。冬は何だろう。子供のころは毛糸の手袋をはめると温かみのある匂いがした。大人に近づくと、それは革の匂いに変わった。家に鍋物の匂いが漂うと冬の訪れか▼春は筍の木の芽あえ、夏は蚕豆、秋は炒り銀杏、冬は揚げ零余子。これは料理研究家・辰巳芳子さんの母が、食事前の「ちょっと一盃」を楽しむ父のために用意した肴だという。だが「勤めから家路に着いて食事前、お菜を肴に『ちょっと一盃』、ということがお出来になる方は、もう稀かもしれません」(『お肴春秋』)と語る。日々の労働がそういうゆったりとした時間を許さないのだと▼手塩皿などという懐かしい言葉が彩り、「季節がうまく表現された、体に障りのない肴」の作り方が並ぶ。行間からそれぞれの香りが漂うようでゆっくり独酌を楽しむ最高の肴になる。