連載・特集

2021.10.27みすず野

 全国紙の読書欄で尾木ママこと教育評論家・尾木直樹さんが懐かしい一冊に三木清の『人生論ノート』を挙げていた。ゲーテの『若きウェルテルの悩み』や、倉田百三の『出家とその弟子』とともに学生時代の必読書だった。いずれも内容を覚えていない。今日まで再読の機会もない◆志賀直哉もどちらかというと読まず嫌いの部類に入る。「小説の神様」だから有名どころは一通り読んだと思うが、深く感じ入った記憶がない。若いころ太宰治にかぶれたのがまずかったらしい◆帯書きの「流行感冒」に引かれ、書店で志賀の短編集を手に取った。〈私〉は、うそまでついて芝居を見に行った女中の〈石〉が嫌いになる。読者も同じく反感を抱く。ところが家じゅうの者が罹患すると―。コロナ下にも通じる感染への恐れや、心の動きを描く神様の筆である◆どんなに優れた本も人生を変えたり、すぐに役立ったりはしないかもしれない。読んだ体験が知らず知らず心の血肉となるのだろう。読んでいなければ尾木ママの記事も志賀も目に留まらなかった。『人生論―』は本棚にあるはずだ。季節は灯火親しむべし。読書週間が始まる。