連載・特集

2021.09.21 みすず野

 自宅の本棚を片付けていたら、高校時代の漢文の教科書が出てきた。他は全て処分したのに、この薄い1冊だけ残しておいた理由に覚えがない。李白を読む。〈人の明月を攀づるは得べからず/月行卻つて人と相随ふ〉◆月に手を伸ばしても得られないが、月の歩みは人についてきてくれる―。月と李白と言えば〈静夜思〉もいい。〈頭を挙げて山月を望み/頭を低れて故郷を思う〉を〈「サヨナラ」ダケガ人生ダ〉の井伏鱒二は〈ノキバノ月ヲミルニツケ/ザイシヨノコトガ気ニカカル〉と訳した◆高校国語の必履修科目が来年度から論理・実用的な文章を学ぶ「現代の国語」と、小説や古典を扱う「言語文化」に分けられる。文部科学省が示す改訂の解説で、前者がことさら「実社会に必要な―」とされるのを読むと、漱石や白居易は必要でないのかと反発したくもなる。現場の先生方はどう感じておられるだろう◆きょうは中秋の名月。漢文の授業など上の空だった生徒が40年後、月だの李白だのと言いながら「実用的な」新聞記事を書いているかと思うと、何だかおかしい。晴れるかしら。月が出ても実社会の役には立たないけれど。