連載・特集

2021.8.20みすず野

 晩夏。夏が終わってゆくという感覚はある種の痛みを伴う。少年時代がそうだった。どこに連れて行ってもらったわけでもないが、自然の野山を駆け回り、できたばかりのプールで泳ぎ、遊びに遊んだ夏休みが終わってしまう◆楽しい夏であればあるほど。そしていま振り返ると、夏ならではの情緒が暮らしに息づいていた。例えば蚊帳。家族そろってその中に寝るのだが、いまのように冷房機器はないから、縁側を開け放し、畳部屋につったのである。不思議な空間がそこには演出された。「蚊屋つりて翠微作らん家の内」(蕪村)◆つましい暮らしのわが家だが、蚊帳をつれば青山に遊ぶ心地にもなる、というのだろう。こうした情緒は、単なる郷愁ではなく、心を富ませるものだった。高度経済成長期以降、私たちは多くの日本ならではの調度品を捨て去り、同時に情緒も失った。人生が"豊かさへの旅"だとするなら、情緒を求め、取り戻すことが大事なように思う◆老後を生き抜くにはお金の計算が必要とはいえ、年配者ならではの情緒ある暮らしを再建し、次世代に無理なく伝えたい。真の豊かさとはそういうものではないか。