連載・特集

2021.6.26みすず野

 おこった炭火の上でモツ焼きの煙がもうもうと立ち上る。ニュースの映像を見て、ごくっと喉が鳴った。思わず「生ビール一つ」と声が出る。この煙に包まれて親しい人と過ごすひととき。家呑みやテークアウトでは味わえない◆小説家の島田雅彦さんは酒場通い40年。自ら包丁も握る。うんちくが詰まった近著の『空想居酒屋』(NHK出版新書)を読むと、当方も全国を巡り、屋台で豚バラを頬張ったり、串揚げの紅ショウガで口の中をさっぱりさせたりしている気分になってきた。これを「エア呑み」と呼ぶ◆おいしい居酒屋に巡り合えたときの喜びと言ったらない。冒頭の映像は、久しぶりに酒の提供ができて胸をなで下ろす都内の飲食店主へと切り替わった。「90分以内、2人まで」といった条件下で、のれんを下ろさず、どこまで売り上げを伸ばせるか。感染拡大のリバウンドも懸念される◆「さあ河岸を変えて飲み直すぞ」と言えるのはいつだろう。島田さんの文壇デビュー作のタイトルに入る「嬉遊曲」は、奏者と聴者の気晴らしのために作られた軽快な器楽曲だという。エア呑みがリアル呑みへの"嬉遊曲"になるといい。