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渋沢栄一の孫・敬三 碌山美術館と縁 建設に尽力

ランタンを掲げた碌山館の玄関アーチ。元々は船のランタンだったといい、古めかしい金属製の重厚感がれんが壁にマッチしている。内部に電球があって、スイッチで明かりをともせる

 安曇野市穂高の碌山美術館はれんが造りで教会風の建物が「安曇野のシンボル」となっているが、その玄関アーチに掲げられた照明器具のランタンを見上げる人は少なく、ランタンを寄贈したのが財界人の渋沢敬三(1896―1963)ということもあまり知られていない。敬三は、「日本資本主義の父」とされる渋沢栄一の孫だ。

 昭和33(1958)年に開館した碌山美術館の学芸員・武井敏さん(47)によると、敬三がランタンを寄贈したことは館の記録にある。ただ、それを知っているのは「館の関係者と職員くらいではないか」という。敬三は館の設立に当たって寄付集めや建設業者の選定に尽力し、開館後、館の顧問に就いた。
 敬三は、栄一が先妻・千代との間にもうけた篤二の長男で、父親が廃嫡されたため栄一の後継者となって金融界に入り、日銀総裁や、昭和20年10月発足の幣原喜重郎内閣で大蔵大臣を務めた。一方で、民俗学の分野をはじめ文化人や文化支援者の顔も持つ。
 荻原碌山の顕彰に努め、美術館建設に情熱を注いだ彫刻家・笹村草家人(1908―75)が、親交のあった敬三に助言を求めた。企業から高額の寄付が得られたり、大手の清水建設に低予算で工事を請け負ってもらえたりと、敬三の口利きがものをいった。笹村には肖像彫刻の「最後の渋沢敬三先生」がある。
 臼井吉見文学館(堀金烏川)の平沢重人館長(63)が、このほど「臼井と碌山」をテーマに市文書館で講演し、その中で敬三のランタンを紹介した。NHK大河ドラマや新1万円札の肖像などで渋沢栄一が脚光を浴びるなか、平沢館長は「地元の人たちが碌山美術館にあらためて足を運び、碌山の芸術や、多くの人から応援された人柄や生き方に触れてもらえたらうれしい」と話している。