連載・特集

2021.2.21みすず野

 漱石全集を借りてきた。漱石は明治44年、文学博士の学位を辞退する。文部省の専門学務局長に宛てて、これから先も〈たゞの夏目なにがしで暮したい〉と書き送った日付は2月21日。今から110年前で、大患の翌年である◆よほど騒ぎになったとみえて、辞退を巡る漱石の評論や談話が幾編か載っている。博士制度のあり方に疑問を感じていたようだ。学問が少数の博士〈僅かな学者的貴族〉に専有されてしまうのではないか。選ばれなかった学者がなおざりにされるなどの弊害を〈切に憂う〉と◆近頃ニュースでたびたび「辞退」を目や耳にした。聖火ランナーを―。五輪ボランティア―相次ぐ。辞書を引くと「へりくだって引き下がること」とあるが、これに「自らの主義を貫き、嫌なことは嫌だと断る」意味合いも加えたほうがいいかもしれない。密室人事批判で会長就任を―はちょっと違うが◆文部省から後日「発令済みだから今さら辞退できない」と返事が来た。漱石は「意思に逆らって受ける義務はない」と学位記を送り返す。当方もとより表彰や栄誉に無縁の身だから辞退の心配は要らないけれど、気概と気骨を学びたい。

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