連載・特集

2020.10.18みすず野

 吉川英治の『宮本武蔵』に出てくる「奈良井の大蔵」は怪しげな役どころだ。百草を商う徳望が高いお金持ちというのは表の顔で、実は―。だから全国の読者が行ったことはなくても奈良井の地名を知っている◆奈良井宿・上町の「旧中村家住宅」が重要文化財に指定される。今からおよそ180年前に建てられた塗りぐし問屋の屋敷で、塩尻市が「中村邸」の名で公開している。3分割してはね上げたり取り外したりできる「しとみ戸」や、京都の町家風の2階の格子、前方にせり出した中2階部分に板を重ねて設けられているひさしなどが特徴だと、昨夏に教わった◆ひさしに打ち付けた桟木がその段状の形から「猿頭」と呼ばれるのも面白い。冷たい雨が降る宿場をきのう訪ねた。中村邸のくぐり戸を入り、2階へ上がると畳の間に炉があった。お茶を楽しむ主客がここから見下ろす通りには、どのような光景が広がっていたのだろうか◆帳場では早速「新聞で見ました」と重文指定が話題に上っていた。周りの山も色づき始めている。今後も「ここが大蔵のいた宿場か」と愛され、身近な文化財を守る意識の象徴であり続ければいい。