連載・特集

2020.9.23みすず野

 「そばの自慢はお里が知れる」のことわざがある。ソバは元来、稲作ができない山間地で、仕方なく作る雑穀だった。信州が昔から全国有数のそば生産地だった理由は、ひとえにその地形による。「そば切り」以後、そば人気が高まってゆく◆現在の塩尻市本山が、そば切り発祥の地と言われる。芭蕉門下の俳人・許六が宝永3(1706)年に編集した俳文集に、「蕎麦切りといつぱ(いうは)、もと信濃国本山宿より出てあまねく国々にもてはやされける」と、記されているからだ。そば切りとは今日のそばのことで、それまでそばは切らず、団子にして食べていた。木曽が発祥地との説もある◆いずれにせよ、信州そばは江戸の町で広まった。町には「信濃屋」「更科」「寝覚」「戸隠」といった信州ゆかりの屋号のそば屋が多く、にぎわったようだ。いま転作田の至るところに、ソバの白い花が咲く。秋の風に揺れ、黄金色の稲田との対象が美しい。このソバ畑、明らかに増えている◆昨年の全国収穫量は前年比42%増で、本県は北海道に次いで2位。にもかかわらず、全体の自給率は3割程度、7割は輸入に頼っているのである。