連載・特集

2020.8.12みすず野

 国民的作家だった司馬遼太郎が随筆集『風塵抄 二』(中央公論社)でこう書いている。「日本の場合、この"日本だけよければよい"という思想が、明治人が命をかけてつくった国家を、たった二十年でつぶした」◆いわゆる司馬史観を端的に語る言葉。司馬は太平洋戦争で学徒出陣させられ、後年作家になると、昭和20(1945)年8月156日の自分に、手紙を送るつもりで小説を書き続けた。その日司馬は日本はなぜ、こんなみじめな敗戦を迎えることになったのか。日本の指導者は何を考えていたのか。明治の指導者はどうだったのか、との疑問を抱いたのだという◆戦争体験者の思いは人それぞれで、焼け野原を生き延びるのに頭がいっぱいだった人のほうが多かったろう。あの戦争は何だったのか、と考えた人たちも、75年の歳月を経て大方泉下の客となった。この国で戦争があったこと自体の現実味が、まさに消えかかっていると言っていい◆そうであるからこそ、体験者が残した言葉に耳を傾けたい。司馬は「政治も言論も、つねに正気でなければならないという平凡なことを、高い授業料を払って知った」と述べている。

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