連載・特集

2020.6.28みすず野

 「竹久夢二なんてどうでしょうか」と青年は言った。青森にある太宰治の生家がまだ旅館(現在は記念館)だった時のこと。同宿の人と「太宰の他に読み込みたい作家」が話題になり、返答に意表を突かれた◆夢二?確か大正時代の画家ではないか。物憂げな表情の美人画が思い浮かぶ。わざわざ生家に泊まるくらいだから、周りは老いも若きも文学好きの一家言ありそうな人ばかり。当方の無知をからかったのか。それとも奇をてらっただけか。あれから30年以上たち、松本で夢二の絵を探す日が来ようとは◆浮世絵博物館と浅間温泉で美人画を見せてもらった。図書館で詩集(夢二は自分の詩を「小唄」と呼んだ)を借り、巻末の年譜で数々の女性が彩る生涯もたどった。次にお城近くの老舗割烹へ。六曲の金びょうぶと画帖に筆を走らせた山の絵はともに線が力強い。なよやかな美人を描いたのと同じ人とは思えない◆小唄もいい。子供たちに優しく語り掛けたり、恋の切なさや郷愁をうたったり。青森で会った青年は詩人夢二を指していたのだ。聞き流していたのに、ふと胸によみがえる言葉がある。時を越えて届いた手紙みたいに。

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