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朝日「氏神遺跡」の発掘進む 縄文や古代の住居跡見つかる

「氏神遺跡」で進んでいる発掘作業の現場

 朝日村西洗馬の向陽台住宅団地第3期造成用地の一画で、長期間にわたって存在したとみられる「氏神遺跡」の発掘作業が始まった。4月6日の開始以降、現在から5500年ほど前の縄文時代中期のものや1000年ほど前の古代のものと推測される住居跡などが見つかった。現代に通じる一帯の"住みやすさ"が裏付けられそうだ。

 宅地造成後に道路になる約2000平方メートルで1メートルから30センチほど掘り下げて行われる調査は、7月末まで続く。住居跡の存在は、床面としたり、上屋を支える柱を立てたりした穴の跡の出現で分かる。
 縄文時代中期のものとみられる住居跡は、最大で直径8メートルほどの円形の跡が3カ所で見つかった。規模が大きく、今後の作業で正確な形や柱の数、炉の位置などを見極めて成り立ちを検討する。
 古代の竪穴住居とみられる痕跡は長辺が4メートル、短辺が3.5メートルほどの長方形で、庶民が住んだとみられる。排煙で変質したとみられる部分があり、かまどの跡だと考えられる。隣の長辺5.3メートル、短辺4メートルの範囲に柱の跡も見つかった。住居跡と同時代の倉庫だとみられている。
 いずれの住居跡からも、石器や土器のかけらが見つかった。古代の住居跡には、平安時代まで作られた素焼きの土師器があった。食器だったとみられる。ほかに、不規則に並んだ不定型な穴の跡がいくつも見つかった。
 一帯では過去に、地表に現れる形で、古いもので1万2000年ほど前に作られた石器や、縄文中期の土偶などが見つかっている。今回の調査で、長期間に渡って人が住み続けてきた場所であることが裏付けられそうだ。
 調査には県埋蔵文化財センターが当たっている。担当の村井大海・調査研究員は「縄文時代と古代とでは人々の暮らしが全く違う。生活スタイルの変化を超えた住みやすさが、この場所にはある」とみている。

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