連載・特集

2020.4.10みすず野

 「春の雑木山で私の山への希望が目覚める」。安曇野をこよなく愛した田淵行男が写真文集『山の季節』(小学館文庫)で書いている。雑木山とはあまり聞かない言葉だが、里山、雑木林ととらえて差し支えないだろう◆田淵は雪に閉ざされた長い冬をじっと耐え、安曇野の里山に春の息吹が感じられ出すと、いてもたってもいられず、山の中に踏み込んで行った。何を求めて? 南向きの稜線沿いの道にはヤマキチョウがいて、頼りなげな飛び方ながら迎えてくれ、残雪のまだら模様の中、半白のヤマウサギが逃げる姿も見られたからだ◆そうやって日がな一日歩き、冬の間固まっていた手足の筋肉をほぐした。田淵に師事した写真家・水越武さんが、田淵の思い出を「先生は速く歩くことを嫌われた。ゆっくり歩くといろんな自然が目に入ってくる、と言われた」と語ったのを記憶する◆「生きていることが/不思議に思われる/生きていることが/悲しく思われる/生きていることが/嬉しく思われる」と詩をつづった田淵は、孤独な文人でもあった。カタクリ、ヒメギフチョウなどとの出合いを求めて、里山に足を踏み入れてみるか。

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