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弘法山古墳周辺で新たな古墳3基発見 松本市教委が最新技術使った測量で

 国史跡・弘法山古墳(松本市並柳・神田)の再調査を本年度に始めた松本市教育委員会は、発掘の準備段階として同古墳とその周辺古墳群で測量調査を行い、最新技術で現況や地形を詳細に把握したところ、調査区域で新たに3基の古墳を発見した。すでに把握していた2基の古墳も形状が判明し、築造時期は弘法山古墳と同じ古墳時代前期(3~4世紀)となる可能性が高まった。

 弘法山古墳は市東部の中山丘陵北端にある。東日本最古級の前方後方墳(全長約66㍍)で、古墳の出現期である3世紀末の築造と推定される。昭和49(1974)年に発掘が行われたが、調査は石室など一部にとどまっていた。判明していないことが多いため、弘法山古墳本体の発掘に新年度にも着手する。周辺の古墳群も調査しながら、周辺一帯を再整備する予定だ。
 本年度は東海大学や早稲田大学などの協力を得て測量調査を行い、地形図を作成した。ヘリコプターを使った「航空3次元測量」、レーザースキャナーを用いた「地上3次元測量」、人力による「平板測量」の3種類を駆使した。古墳の状況と地形を計測し、赤色立体地図や等高線図などを作った。
 今回の測量により、弘法山古墳の東側に位置し、棺護山丘陵にある古墳群で3基の古墳を新たに確認した。中山74、75、76号墳(地図ではNY74、75、76)で、横穴式石室を持つという。このうち75号墳は現地で7世紀末~8世紀初頭の須恵器を採集でき、この時期の築造と分かった。
 同じく棺護山丘陵の古墳群にある中山35号墳(地図ではNY35)と56号墳(同NY56)については、直径20㍍弱の整った円形の墳丘を持つと分かった。頂上が平たん面で、プリンのような形をしている。墳丘の特徴や立地から、二つの古墳は弘法山古墳などと同じ古墳時代前期か、新しくても中期(5世紀前半)という。市教委文化財課の竹原学課長補佐は「可能であればこれらの古墳も発掘を行いたい」と話す。出土品があれば弘法山古墳との関連性や、弘法山古墳の謎に迫る手掛かりが得られるのではないかと期待されている。

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