連載・特集

2020.2.14みすず野

 最も有名な文学賞・直木賞の長い歴史の中で、受賞を辞退した唯一の作家が山本周五郎。『赤ひげ診療譚』『樅ノ木は残った』『青べか物語』などの作品で知られる文豪である。昭和42(1967)年のきょう、63歳で没した◆酒飲みの頑固者、へそ曲がり、怒りの人だった。作品の舞台はさまざまだが、誠実に懸命に生きようとする、ふつうの人々を描き、その姿勢やぶつかり合いに、読んだ者は強く揺さぶられ、いつしか涙が頬を伝い、心を洗われる。先月、同級会の折、隣に来た〇君が何の会話がきっかけだったか、山本周五郎が好きだと言った◆彼は有名大学を出て、県内トップ企業に入り、米国など海外赴任を経て、最後は取締役で退いた。明るいスポーツマンでもあり、クラスの誇りのような男なのだが、「山周を読むと、泣けて仕方がない」と告白するではないか◆自分は真っすぐ、順風満帆にきたわけではない、と言いたかったのかもしれない。かの長編『さぶ』は、男前で腕の立つ職人栄二と、愚鈍なさぶの物語。栄二は苦境にさらされ、さあどうする、相手を許せるかと問われる。許す姿に泣けてしまうのである。