連載・特集

2019.12.8みすず野

 太宰治の戦後の小品に「メリイクリスマス」がある。疎開先から東京に舞い戻った太宰とおぼしき「私」は街で偶然、親しかった女性の娘と出会う。母親の消息を尋ねられて沈んだ娘の様子に、自分への恋心とうぬぼれる。〈こいを、しちゃったんだから〉◆この一文に太宰ファンは「う~ん」とうなる。まるで自分のことが書かれているみたい。自己陶酔ぶりを滑稽味たっぷりに描写し、読者の心をわしづかみにしてから話は〈広島の空襲〉へ。その筆致は独壇場だ。うなぎ屋の卓に並んだ3皿の串焼きが胸に刻まれる◆太宰の面目が躍如としている作品をもう一つ。「十二月八日」は太平洋戦争が始まった日の日記という体裁の掌編で、ここにも太宰とみられる「主人」が登場して、ピント外れな言動でたびたび妻をあきれさせる。おかしみのなかに時局への抵抗を読み取るのはピント外れだろうか◆クリスマスツリーと電飾が華やかな松本の街を歩いた。肩を寄せ合う2人や友達とはしゃぐ若者たち―楽しげな光景は、かつての自分を見るようで何ともほほ笑ましい。12月が巡るたびに読みたくなる2編。不戦の誓いを忘れないために。

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