連載・特集

2019.11.6みすず野

 西郷孤月。旧松本藩士の長男として深志町(現松本市)に生をうけ、日本画家となって、将来を嘱望されるものの、38歳で生涯を閉じた「幻の画家」。日本美術院の創立に関わり、才能にも恵まれながら、美術史の主流に名を刻すことはなかった◆作品のほかに何一つ残されていないという。横山大観、菱田春草、下山観山と並んで日本画の大御所・橋本雅邦一門の四天王と称され、雅邦の娘と結婚した。だが離婚、画壇からも姿を消し、10年の放浪の末、台湾に渡った。病にかかり、帰国後まもなく亡くなった◆松本市美術館で、24日まで開催中の「日本画の冒険者たち―この秋、信州の名品に出会う―」で、この孤月の作品にふれることができる。安曇野市の知り合いの女性から、「見に行って来ました。信州ゆかりの日本画家がこんなにいるとは。春草が大好き。春草のことを教えてくれたのは父でした」の手紙をいただいた◆その菱田春草。旧飯田藩士の3男に生まれ、日本美術院の創設に加わり、明治期の日本画の革新に貢献したが、36歳で没。のちに大家となる横山大観は「春草のほうがずっとうまい」と、言ったと伝えられる。