連載・特集

2019.10.11みすず野

 「分け入つても分け入つても青い山」「うしろすがたのしぐれてゆくか」。放浪の俳人・種田山頭火は、生涯繰り返した放浪の旅の出発直後に、こうした名句、代表句を残している。旅の始まりに感性が鋭敏に働いたのだろう◆山頭火の句はどれも寂しい。その寂しさは自ら望んだ境涯がもたらしたものだが、深刻ぶっていない分、心情的には温かいとも言える。母の自殺、生家の崩壊という非常な負を抱えながら、彼は故郷(現在の山口県防府市)への愛着、思慕を捨てなかった。同じ放浪者でも、洗馬ゆかりの菅江真澄は、故郷を捨てた以後、死ぬまで故郷のことも父母のことも語らなかったという◆山頭火はやたらに故郷を詠んだ。仕事(収入)もなく、妻子も捨てて独り行乞の旅を続けていると、自分は生きるに値しないと、自責の念は募った。故郷は限りなく懐かしく、母が死ぬ前の幸せだった少年時代に戻れるものなら戻りたい、そう思っていたに相違ない。わかるような気がする◆山頭火は昭和15(1940)年のきょう、四国・松山の一草庵で57年の人生を閉じた。信濃路には3度足を踏み入れ、抜け道、寄り道をしている。