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旧軍人の思い平和の礎に 松本の横沢さん巻物保管

 陶磁器を販売する知新堂会長の横沢徳人さん(85)=松本市中央2=は、太平洋戦争末期に旧日本軍の軍人らが寄せ書きした巻物を大切に保管している。20人以上の名前や階級とそれぞれの決意が記され、多くは航空部隊の関係者らとみられ、近くにあった萬屋旅館に宿泊していた。「必勝不敗」「轟沈」などの墨書からは緊迫感がにじみ、戦時の心境が伝わる貴重な資料だ。このうち1人は重爆撃機で敵艦を攻撃する部隊に所属していたことも分かっている。

 巻物は長さ約3メートルで、記名した多くは大尉、中尉、少尉の尉官級だ。中には少将や少佐といったより高い階級の人々もいる。陸軍と海軍が同じ紙に並記している点も特徴だ。巻物は、萬屋旅館の関係者が所有していたが、横沢さんが本町1丁目の町会長を務めた時期に託されたという。日付はないが終戦の昭和20(1945)年に書かれたようだ。ただ、松本にきて旅館に泊まった理由や、陸軍と海軍の関係者が名を連ねる点など全容は分かっていない。
 多くは名字だけだが、陸軍の須藤三郎少尉のようにフルネームの人もいる。須藤少尉については、元松本市空港図書館長で、旧陸軍松本飛行場や浅間温泉に宿泊していた特攻隊員について調べてきた川村修さん(64)=同市梓川梓=が調査し、平成25年発行の『松本市史研究第23号』で足跡などを報告した。須藤少尉は重爆撃機で出撃し、魚雷を発射して敵艦を攻撃する「雷撃」に出撃していたようだ。機体ごと体当たりする特攻隊とは異なり「雷撃」は繰り返し出撃する。松本飛行場には太平洋戦争末期に「飛龍」などの重爆撃機が飛来している。川村さんは「何らかの理由で須藤少尉らの部隊が松本へ立ち寄ったか、(戦況の悪化で)退避したのではないか」と推察する。
 横沢さんによると、昭和20年には浅間温泉だけでなく、萬屋旅館にも特攻隊員が宿泊していた。横沢さんは隊員らと直接の交流はなかったが「国のために命を懸けた。神様のように思えた」と当時を振り返る。寄せ書きを残した人々を含め「あの人たちのおかげで今の平和な時代があると思う」と話している。