連載・特集

2019.8.15 みすず野

 「天皇陛下におかせられましては、全国民に対し、かしこくも御自ら(中略)玉音をお送り申し上げます」。このあと、戦争の終結を告げる天皇の声が、独特の抑揚を伴って流れ、ラジオの前に集まった国民は、太平洋戦争が終わったことを知らされた◆昭和20(1945)年8月15日の正午過ぎ。悲喜こもごも、国民の受け止め方は立場、年代によってさまざまだった。作家の高見順は「遂に敗けたのだ。蝉がしきりと鳴いている。音はそれだけだ。静かだ」と「敗戦日記」に記している。詩人で彫刻家の高村光太郎は、岩手・花巻にいた。故宮沢賢治の縁で、賢治の弟宅に疎開していた◆戦後、ほとんどの文化人が東京に戻るが、光太郎は花巻郊外の山小屋に引きこもり、孤独でつましい農耕自炊生活を69歳まで7年間続けた。戦時中、戦争詩をたくさん作り、国民を鼓舞し続けたことに痛く責任を感じ、自身にその生活を課した。「小屋にいるのは一つの典型、/一つの愚劣の典型だ。」◆敗戦から74年。時代は昭和から平成、そして令和に。いかんともしがたい時の流れとはいえ、きょうという日は必ずめぐり来る。不戦の誓い新た。