連載・特集

2019.8.12みすず野

 夏の日差しが降り注いだ休みの日、墓掃除をした。墓碑はコンクリートの土台に建つが、手前は土でその中に石を三つ四つ置いて、遺骨を埋めている。もっとも祖父が亡くなったときは、野辺送りをして土葬であった◆墓は春の除草剤散布が効いて、それほど草が伸びていなかったものの、生け垣の刈り込み、墓と地続きの傾斜地の草刈りをしていると、汗が滴り落ちてきた。毎年のこととはいえ、墓の管理は大変である。日本人は遺骨や遺灰に対する尊重の念が極めて強く、墓信仰にも表れているとされる。墓前で手を合わせ、ご先祖様に報告する◆なぜか。一つは非業の死をとげた人の霊が祟りをもたらす、と信じられ、その鎮魂のために手厚く供養し、神にも祀りあげた。それが広く浸透し、各家で墓を設け、生き残った者の務めとして盆や彼岸の墓参りになったようだ。だが近年、家制度の崩壊、家族のつながりの希薄化、単身化などに伴い、何らかの形で墓じまいする人が増えてきた◆管理する人がいないまま、荒れ放題になる前に、ということだろう。明日から盆である。墓自体をどうするのか、考えねばならない時代が訪れた。