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芥川龍之介の短編『庭』の舞台 洗馬宿の旧志村家に現存

今も洗馬宿に残る旧志村家の庭園。美しい緑の中に『庭』にも描かれた池や築山、渓流の面影が残る
 小説家・芥川龍之介(1892~1927)の短編『庭』のモデルとなった庭が、塩尻市宗賀洗馬にある。江戸時代、中山道洗馬宿の脇本陣だった旧志村家の庭園だ。維新後は芥川の親友で洋画家の小穴隆一(1894~1966)が幼少の一時期を過ごした場所でもあるが、この地に取材した作品であることは広く知られていない。庭園が往時の面影を残す形で今なお現存することを知る人はなおさら限られ、関係者は将来現地に文学碑を建てたいと思い描いている。
 『庭』は小穴から着想を得たとされる小説だ。小穴の父は志村家出身。作品には祖父で初代宗賀村長の志村巌や小穴をモデルとした人物たちが登場し、荒廃、再生、喪失の道をたどる庭と共に有為転変する姿が描かれる。ただし物語はあくまでフィクションで、一家の構成や末路は史実に基づかない。洗馬宿の特定につながる表現もない。  一方、全編を貫いて描かれる庭はリアリティーに富む。瓢箪なりの池、築山の松、四阿や白々と落ちる瀧などはいずれも実在したとみられ、かつて『善光寺道名所図会』にも描かれた。この名庭が規模こそ小さくしたものの往時の名残をとどめて現存するのだ。  小説は終盤、庭が停車場の建設に伴い「家ぐるみ破壊された」と展開する。明治42年の洗馬駅開業をほうふつさせる下りだ。事実、1200坪(約4000平方メートル)を誇ったとされる旧志村家の庭は鉄道の敷設で半分以下にまで縮小した。しかし残された土地は失われることなく、戦後遠縁の百瀬家に引き継がれた。家が無人だった時期もあるが現当主の百瀬修平さん(68)が昨夏、定年退職を機に県外からUターンし、妻の幸江さん(63)と少しずつ庭をよみがえらせている。瓢箪なりの池や築山があった面影が今も確認できる。  街道歩きの来訪者に『庭』と洗馬宿の関係を紹介し続けてきた洗馬歴史同好会の内山明彦さん(81)はよみがえった庭を喜ぶ。その上で「これを弾みに芥川の洗馬宿滞在も裏付けられれば」と期待する。芥川が小穴からの伝聞でなく、洗馬宿を実際訪れ『庭』を著したとみるためだ。「作中で用いられる土地の方言はあまりに豊か。伝え聞いただけでここまで書けるだろうか」  百瀬さんや内山さんは芥川と郷土の関わりをさらに掘り下げ「いつか文学碑を建てたい」と願う。芥川の命日の河童忌が今年も24日に迫る中「碑には作品の一節を引用したい」と話しながら庭を眺めている。