地域の話題

「最後の大名」松本に書画 上総国請西藩の林忠崇公

忠崇公の署名とともに揮毫された書(小岩井祥一郎さん宅)

 松本市里山辺林に伝わる逸話「兎田」とゆかりが深く、徳川将軍家古参の家臣として上総国請西藩(千葉県木更津市)の大名だった林忠崇公(1848~1941)が明治37(1904)年に林を訪れていたことを示す書画がこのほど、林の民家4軒から相次いで見つかった。忠崇公は昭和16年まで生きた「最後の大名」とも呼ばれ、郷土の新たな史話として関心を集めそうだ。

 山辺歴史研究会会長・小岩井俊忠さん(74)が5月に林の旧家を巡り、小岩井祥一郎さん(72)と弘子さん(74)、稔さん(58)、桐原邦夫さん(75)宅から書や絵画など約20点を見つけた。いずれも屋内に飾られたり保管されたりしていた。
 祥一郎さん宅には「甲辰(明治37年)正秋 源忠崇」と記す書と、歌をしたためた色紙の短冊が残っていた。裏には祥一郎さんの祖父の招きで忠崇公が林を訪れた経緯が記されていた。祥一郎さんは「書は昔からあったが意識していなかった」と驚く。弘子さん宅にも額入りの書など5点があり、忠崇公の雅号「一夢」の署名があった。家を改装中で、弘子さんは「危うく処分していたかも」と話す。
 俊忠さんは、古老が「(林にある小笠原氏の菩提寺)廣澤寺にお殿様が来ていたのを見た」と話していた記憶があり、NHKの番組取材で林家ゆかりの旧跡や品に関して尋ねられたのをきっかけに調べた。小笠原一族の林氏は祖先が徳川家より出身地にちなんで林姓を賜ったとされ、「林ゆかりの一族が日本史に大きな足跡を残したことを知ってほしい」と話している。
 忠崇公は脱藩後、藩主自ら戊辰戦争で幕府軍の遊撃隊を率い転戦。新政府軍に降伏後、下級役人や神職などになり、晩年は都内のアパートで暮らした。24日午後10時半からNHK総合テレビで放映される「歴史秘話ヒストリア」で紹介される。