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修験者の一族が松本市大村に居住か 江戸時代の古文書に記録残る

女鳥羽の滝がある大村に在住していた修験者の存在を示す古文書を見せる横田さん(左)
 松本市大村の玄向寺裏山にある「女鳥羽の滝」周辺に開かれていた山岳信仰の霊場に関わる修験者の一族が、遅くとも江戸期には大村に代々居住していたことをうかがわせる古文書の存在が新たに分かった。倒木などに埋もれる霊場跡の掘り起こしを進めている民間信仰研究者・市東真一さん(26)=松本市大手4=が2日までに確認した。
 大村出身の古文書研究者・横田國政さん(90)=同市元町2=が平成11年に松本市岡田地区の古民家のふすまの下張りから、江戸前期の元禄年間の宗門改め帳(戸籍台帳)を発見し保存していた。今回、市東さんの活動を知り連絡を取った。  横田さんによると、古文書には「当山之山伏生所大村」などと記され、大村にかつて「自(地)福院」という寺があり、山伏が大村に在住していたことが分かる。霊場の麓にある寛政2(1790)年の墓石には「地福院三十四代正大先達法印弘祐」とあり、当時すでに34代目を数えていたとみられる。  大村には現在、同名の寺がなく、修験者一族がいつやって来て、今どうなっているか定かでないが、横田さんは墓石からうかがえる一族の長期にわたる世代交代も踏まえ、大村にいた氏族とのつながりの可能性も示唆し「相当昔からいたのでは」と推察する。  市東さんによると、霊場跡に残る最も古い石造物は元禄年間の造立とみられる大日如来像という。先月から横田さん以外にも御嶽講の関係者から情報提供があり、掘り起こし作業の協力を申し出る人も出始めた。「反響がうれしい。霊場と大村地区との関係の解明にもつながれば」と期待している。