連載・特集

2019.7.13みすず野

 1等三角点がある前常念岳(2662メートル)の山頂には石室(避難小屋)が立つ。「常念校長」と呼ばれた佐藤嘉市が堀金の人たちと常念嶽研究会をつくり、寄付を募って建てた。その完成祝いの集団登山が行われたのは大正8(1919)年7月21日◆建設資材を三股まで馬で運び、米やみそとともに担ぎ上げたという。重い梁材も2人がかりで上げ、一斗だるを背負っての水くみは半日がかりだった。苦労の様子は、今も続く研究会が編んだ『ふるさと常念』に詳しい。半世紀後の昭和40年代に再建した時の記録も含め、携わった人が思い出をつづっている◆「ちょうど100年前ですよ。行きましょう」と同僚に促され、日の出前に三股をたった。樹林とクマザサの中のつづら折りを抜け、岩場のペンキマークを伝って三点支持でよじ登る。ようやく現れた石室の赤い屋根を若者パーティーがちらっと見て通り過ぎた◆ずっと雨で穂高の岩稜や安曇野の眺望は得られなかった。日帰りのピストンは老体にこたえ、顎が出た。それでも下山した時のすがすがしい気分は登山の功徳だろう。泊まりがけで蝶~常念の三角ルートが一般的である。

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