連載・特集

2019.6.6みすず野

 日本人が米を食べなくなった、と言われて久しい。消費量は高度経済成長期の昭和37(1962)年度(ピーク時)の半分以下に落ち込み、歯止めがかかる気配はない。品種改良が進み、ブランド米のおいしさが話題を呼んでいるにもかかわらずだ◆松本平の水田地帯を高所から眺め、「一面の青田だ。きれいだ」と思わず口をついて出たのだが、日本の原風景のこの青田も、実際は面積を減らし続けているのである。青田を吹き渡る風は青田風、風を受けて波立つ稲は青田波、青田の中を行く道は青田道。「一点の偽りもなく青田あり」(山口誓子)◆もっとも『入門歳時記』(角川書店)によれば、青田は7月の夏盛りの水田を指す。いまの時季はむしろ麦秋である。水田の中に転作として麦が広く作られ、その黄熟した田が見られる。近年増えているのような気がする。日本は瑞穂の国、と思っているけれど、若い人ほど米を食べないとあれば、「一点の偽りもなく〇〇」に変わってしまうかもしれない◆水田、米作りを基幹産業として、私たちは命を育み、文化を受け継ぎ、景観を築いてきた。それらを失って何を得るというのか。