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開智と堀金 教師つなぐ縁 輪湖卓三 校歌に教育理念込める

 国宝に指定されることになった松本市の旧開智学校校舎と、安曇野市の堀金小学校に知られざる縁がある。結んだのは、旧開智学校で「成績不良」の児童らを集めた特殊学級を受け持ち、その後堀金尋常高等小学校に赴任し校歌を作詞した訓導・輪湖卓三だ。「開智を象徴する先生の一人」である輪湖が、当時「常念校長」と呼ばれた堀金小の佐藤嘉市校長の教育理念を込めた校歌は、制定から約100年たつ今も大切に歌い継がれている。

 開智学校では明治41(1908)年、「成績不良」や「栄養不良」といった児童を集めて特別な教育を行う「第一学級」が誕生し、新任教員の輪湖が自ら志願し担任となったとされる。学習内容を簡単にして授業の進度を早め、他のクラスと歩調を合わせるなどの配慮を行い、個を大切にする教育の礎を築いた。
 輪湖の執筆文には「能力の劣った児童の将来こそ運命が察せられる。教育者が大いに注意し補助しなければいけない」といった文言があり、真心を込めたきめ細やかな教育に熱心だったことがうかがえる。
 輪湖は梓尋常高等小学校を経て大正6(1917)年、当時の佐藤校長のいる堀金小に首席訓導として赴任した。短歌に親しみ歌人の一派「アララギ派」に属していた輪湖は、佐藤校長の「常念岳をよりどころとする教育」をうたった歌を作詞。最初から校歌ありきではなく、同じ堀金小の教員だった折井満に「こんな詞を作ってみたんだが曲を付けてくれないか」と言い、小型オルガンで作曲したと、折井が後のインタビューで語っている。
 堀金出身の橋渡勝也教育長は、学力の優劣にかかわらず個を大切にした輪湖について「どんな子供も分かろうとしている限り伸ばしてあげたいという気持ちは安曇野教育の原点に通じる。旧開智学校校舎の国宝指定はあらためて見つめ直す良い機会だ」と話している。