連載・特集

2019.4.17みすず野

 希代の作詞家・阿久悠さんが亡くなってはや12年、その阿久さんに「契り」という歌がある。「流れは今も清らかだろうか/子供はほがらかか/人はいつでも桜のように/微笑むだろうか―」。桜は鮮やかに、華やかに咲くが、「微笑む」と表現したのは阿久さんくらいか◆この歌詞には阿久さんの「どうか、そうあってほしい」との願い、祈りが込められている。実際「ラブレターのつもりで書いた。はるか未来の国や人への呼びかけの歌である」と振り返っている(『歌謡曲の時代』新潮文庫)。さて、統一地方選の後半戦、松本市議選、塩尻市議選、朝日村長選などが真っただ中にある◆候補者・陣営にとって、歌や桜どころではないかもしれないが、阿久さんが込めたメッセージは、地方の将来像にも当てはまる。流れは清らかであってほしいし、子どもたちの声が聞こえ、その顔は朗らかであってしかるべきだ◆地方の衰退、再生が叫ばれて久しいが、少子化に歯止めはかからず、限界を超えた集落も出てきた。東京五輪がいっそうの一極集中を生み、格差を広げている。身近な選挙は、地域の明日を考えるまたとない機会である。

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