連載・特集

2019.4.16みすず野

 川端康成が、日本人初のノーベル文学賞を受賞したのは、昭和43(1968)年のことだから、もう半世紀以上前になる。その2年後の5月、川端は秀子夫人を伴い、井上靖夫妻、東山魁夷夫妻を誘って、穂高町(当時)を訪れ、明科町(当時)の長峰山も案内された◆井上、東山にはこの穂高行の思い出をつづった文章が残されているが、川端には見当たらない。井上、東山両夫妻が新宿から中央線で松本入りしたのに対し、川端夫妻は京都から松本入りした。一行は美ケ原温泉の旅館に2泊している。そして、2年後の昭和47年のきょう、川端は自ら命を絶ってしまった◆享年72。もっと年齢がいっていたようなイメージである。輝かしいはずのノーベル賞受賞が、三島由起夫の割腹自決や川端自身の自殺と何らかの関係があったのは、否めないようだ。瀬戸内寂聴さんが川端との思い出を、『奇縁まんだら』(日本経済新聞出版社)で綴っている◆時々川端家に遊びに行き、偶然来ていた宝石商から、川端が無表情で10粒近く選んだこと、死後仕事部屋の机には、岡本かの子全集の解説文の書き損じ原稿が散乱していたことなど。

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