連載・特集

2019.3.24みすず野

 上土辺りを歩いた。開明座があった角をドッペリ(落第)横町へと折れ、ココアがおいしかったフランス茶房や、あんかけ焼きそばが名物だった中華料理の竹乃家の跡地で昔日の思い出に浸る◆甘味処の塩川は、取材を終えた若手記者のたまり場だったそうだ。お座敷帰りの芸者たちも現れ「記者たちは花代なしでデートができた」と、大先輩の古川寿一さんが「聞いたり見たり」に書いている。懐古の情を催させるのは年齢ばかりでなく、改元を控えて「新時代」が言いはやされるなか、郷愁も影響していよう◆〈降る雪や明治は遠くなりにけり〉は昭和6年の作。30歳の中村草田男が母校の小学校から出できた児童の服装を二十数年前の自分と比べ、流れた歳月への感慨とか。昭和が遠くなるのも無理はない。平成の終わりは「イチロー選手がバットを置いた年」と記憶されることになった◆八百屋でレモンを買った。書店の画集の上に果実を据えて「カーンと冴えかえっていた」と書き、作家志望の筆を折らせた梶井基次郎は昭和7年、31歳で亡くなった。きょうは檸檬忌。今の学生も読むだろうか。片端の桜もつぼみが膨らんできた。

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