連載・特集

2019.2.11 みすず野

 「行基」の名を聞いたことのある人は多いにちがいない。奈良時代の僧。布教のため諸国を巡り、生前から「行基菩薩」と呼ばれて庶民に慕われ、「行基集団」を形成して寺院、布施屋、道路、ため池、堀、橋などを造った。開湯伝説も各地に残る◆いわゆる伝承の人かと思っていたが、決してそうではなく、波乱に富んだ81年の生涯を、天平21(749)年2月2日(旧暦)に閉じた。火葬され、奈良・生駒の里の竹林寺に墓がある。国文学者の中西進さんは墓誌の最後の一行「ことごとき軽き灰なり」について、激しい労苦の中に生きた行基の骨は、もうぼろぼろだったことを物語っている、と述べる◆行基は政治の不平等を非難し、禁を破って困窮者のために社会奉仕活動を展開した。朝廷から度々弾圧されたが、ひるまず跳ね返し、聖武天皇に見いだされて、僧の最高位(大僧正)に就いた。先日亡くなった哲学者の梅原猛さんは、『日本霊異記』に描かれた行基を取り上げ、この人こそ本物の聖僧だ、と記している◆「大僧正」は、行基にとって大した重きはなく、むしろ迷惑だったのでは。民とともに生きた人はそうであろう。