連載・特集

2019.2.3みすず野

 先日の雪かきで腰を痛めた。あれしきで?と豪雪地の人に笑われる。テレビで気象予報士が雪道の歩き方を教えるのを見て「都会の人はやわだ」と笑えない。きょうは節分。日差しは少しずつ春へと強まる◆8年前の小紙投稿欄「口差点」に昭和20年代の節分の日の思い出が載っていた。福は内、鬼は外と豆をまく父の後ろを姉が「ごもっとも、ごもっとも」と言いながら歩く。道具立てや一連の所作は『三郷村誌』の記述と合致する。父親の威厳をうかがわせて、うらやましい。現代は専ら鬼の面を着けて逃げ回る役か◆金田一春彦さんは『ことばの歳時記』の節分の項で、日本の鬼はユーモアを解し、優しい同情心を持ち、年頃になれば色気も―と。「来年の事を言うと鬼が笑う」「鬼の目にも涙」に続く三つめが分からない。鬼と年頃で検索したら「鬼も十八、番茶も出花」と出た◆旧習は時代とともに消えてゆくか、簡略化される。かつて誰もが理解できた成句も通じない。「絶滅危惧種」は自然界ばかりの話でない。新元号になって編まれる地域誌(史)は「近年のり巻きを恵方巻きと称して食べる風習もある」とつづるだろうか。