連載・特集

2019.2.25みすず野

 「宗吉、始まったぞ! アメリカと始まったぞ」。日本がハワイ真珠湾を奇襲し、太平洋戦争が開戦となった昭和16(1941)年12月8日朝、斎藤茂吉は興奮した面持ちで、どかどかと自宅2階から降りて来て、中学へ登校しようとする次男の宗吉(のちの作家・北杜夫)に向かって叫んだ◆茂吉は全身愛国者だった。幼少期は日清戦争のさなかで、戦争ごっこに興じ、高等学校時代は日露戦争の勝利で国中沸き返るなかに過ごしている。「皇国民の一人としてお役に立ちたい」。太平洋戦争時、膨大な戦争歌を詠んで、うち212首を自選し、歌集『万軍』を著す予定だったが、敗戦で未刊となった◆茂吉にとって、敗戦ほど悲痛なものはなく、疎開先の郷里山形を22年晩秋に去って上京するものの、ほとんどもぬけの殻状態だった。臼井吉見が疎開先の茂吉を訪ね、痛ましく衰えた茂吉と対座して、「戦争はかくも茂吉のたましいと肉体を傷つけたのか。(中略)自分の目を疑わずにはいられなかった」と記している。(随想「作家と作品」)◆茂吉は昭和28(1953)年のきょう、70年の生涯を閉じた。北杜夫に評伝4部作がある。

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