連載・特集

2019.1.18みすず野

 信州ゆかりの民俗学者・柳田国男は、ちょうど100年前の大正8(1919)年に役人を辞任、民俗学の重要性を説きながら、全国各地へ旅をするようになる。有名な『遠野物語』は、これより9年前、自費出版して世に問うた◆119編の小編から成り、話はすべて遠野の青年、佐々木喜善から聞き、自ら岩手・遠野に足を運んで高揚のうちに書き上げた。のちに日本民俗学の父、と称される柳田の出発点に位置する不朽の作品。「願はくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ」と、初版序文に記している◆われわれ里人ではない、山人への畏怖が根底にあって、当時は山男、山女、雪女、河童、座敷わらしといったものが信じられていた。中に「小正月」の項目が三つあり、小正月は正月十五日の晩を指し、人々は戸外に決して出なかった。山の神、または雪女が童子を大勢連れて現れるため、里の子どもは早く帰れと戒められたという◆先日、本欄で小正月のことを書いた際、松本市中山の年配の男性から、中山伝統の小正月はそうではない、と貴重なご指摘を受けた。小正月を改めて調べつつ、『遠野物語』を思い出した次第。