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松商敷地内の戦闘機実験施設が写真に 米軍が戦後に空撮、初めて確認

ロケットエンジン開発の関連施設が残るグラウンド(昭和22年11月12日撮影、国土地理院所蔵)

 太平洋戦争末期、米軍の爆撃機を迎撃するため、日本の陸海軍と三菱重工業が現在の松商学園高校(当時は松本明道工業学校)のグラウンドで共同開発していた薬液ロケット戦闘機「秋水」に搭載するロケットエンジンの実験関連施設とみられる建物が、戦後米軍が撮影した航空写真に写っていることが分かった。軍事機密が詰まった建物の存在が、写真で確認されるのは初めてとなる。松商の担当者は「当時、どのように実験が行われていたのかが伺える貴重な資料」としている。

 松商学園高校歴史栄光室の窪田文明さん(70)によると、三菱重工は昭和19(1944)年、名古屋市が空襲などで被害を受けたため、周辺の県に工場を移した。松商も移転先の一つで、20年初頭に実験関連施設とみられる建物が完成し、同年4月に秋水の開発が本格的に始まった。
 写真は国土地理院(茨城県つくば市)が所蔵していた。昭和22年11月12日(撮影高度3048メートル)と23年9月19日(同2896メートル)に撮影された2枚に、実験関連施設とみられる建物が写っていた。
 建物はグラウンドの2カ所に少なくとも3施設あるのが分かる。1カ所は秋水の実験用燃料貯蔵庫の近くで、もう1カ所は現在の硬式野球のグラウンドの左中間の位置にある。建物の敷地は70~200平方メートルほどとみられる。これまでに、左中間付近からコンクリートのがれきが掘り起こされているほか、戦後の体育教師の回顧録で「(建物を)壊して校庭に埋めた」との証言もあり、写真の建物の存在と合致する。
 施設が離れて建てられた理由は不明だが、実験中に爆発事故があった場合のリスク分散や、秋水とは別のロケットエンジンの開発が同時並行で進められていた可能性が考えられるという。
 写真の存在は11月中旬、秋水の調査・研究に取り組んでいる千葉県柏市の柏歴史クラブの会員・柴田一哉さんから窪田さんに伝えられた。窪田さんは「戦争後期の物資窮乏の中で、当時の技術を総動員した頑丈な建物だったと思う。写真をきっかけに当時の様子を思い出した人がいたら教えてほしい」と呼び掛けている。