連載・特集

2018.11.14みすず野

 「江戸前」とは、文字どおり江戸の前の海(現在の東京湾)を指し、そこで捕れる魚のこと。鮮度が高いと自慢し、のちに江戸風の料理の意に用いられた。東京・浅草に生まれた時代小説家の池波正太郎は、随筆「江戸前とは」で述べている◆隅田川の川水と、江戸湾の海水がまじり合った水質に育まれた魚や貝の味わいは、特別のものだったとし、「汐の香り、新鮮な魚介、すっきりした住民の気風、深川の町々を縦横にめぐる堀川と運河の水の匂い...それを躰で感じ取ってきた者には、広重の絵が『たちどころにわかる...』はず」だと◆江戸時代、そんな「江戸前」を口にできたのは、江戸の町の武士たちであったか。いや、同じ武士でも下級の者は町人と大差はなく、質素な一汁二菜、いわゆる家庭菜園によって、漬物、味噌なども自家製だったとされる。収入は米の現物支給、生活が苦しいため、当人、家人とも内職に勤しんだ◆日本浮世絵博物館(松本市島立)で、企画展「江戸の食めぐり」が開かれ、広重、北斎の浮世絵で往時の食文化に触れられる。江戸期の食、暮らしぶりに思いを巡らせ、現代の食生活をあらためて知る。