連載・特集

2018011.8みすず野

 「官吏は人民のために存在し、人民の幸福を第一とすべきで、この気持ちがない官吏は単に禄をむさぼる徒でしなかない」。官吏とはいまの国家公務員のこと。自分の出世や利得でなく、国民の幸福を第一に考えて仕事に励んでいる、お役人さんもいるだろうが◆この言葉を、そのまま聞かせたい人の顔も浮かぶ。武居用拙が説いた民権論の中にある。用拙は、松本の自由民権の政治結社「奨匡社」の命名者で、漢学者。ほぼ200年前の江戸末期に木曽に生まれ、家は貧しく、畑を耕して家計を助けながら、日夜書を読み、21歳で江戸に出て塾に学んだ◆やがて帰郷し、明治の世になってからは、現在の松本市新村、塩尻市洗馬、安曇野市豊科などの塾、学校で教えた。学問と政治を結びつけたところが、他の塾と違っていた、と信濃史学会会長の小松芳郎さん(松本市)が、本紙連載「脚光―歴史を彩った郷土の人々」で以前書いていた◆その塾から、時代を担う多くの若者が巣立ち、歴史を彩った。信濃史学会の月刊の機関誌『信濃』が、昭和24(1949)年の第3次発行から70年。用拙や愛弟子たちの功績も載ったにちがいない。