連載・特集

2018.10.22みすず野

 彼はいつもボロボロの黒いノートを、ポケットに入れて持ち歩いていたという。彼とは米国人作家のヘミングウェイ、黒いノートはフランスの製本業者が手作りしていた「モレスキン」。ゴッホ、ピカソら、名だたる芸術家も愛用したとされる◆ヘミングウェイは、人生のおよそ3分の1にあたる20年間を、キューバで暮らしたが、パリで初めて買ったモレスキンを使い続け、キューバの家にはおびただしい数のモレスキンが残されていたそうだ。思いついたことをそれにメモし、小説の構想を練ったに相違ない◆手帳はもとより、鉛筆、ボールペン、万年筆、便箋、日記帳、はさみ、ホチキス、筆入れなど、文房具に対するこだわりは、ものを書くことを仕事や趣味にしている人ほど強いのでは。愛用の品を何かの機会に見せていただくとき、その手触りの良さ、使いやすさに感心する◆山を愛した哲学者で、随筆家の串田孫一さん(故人)は『文房具52話』(時事通信社)で、文房具は「物には違いないが、情が移り、滑稽なようだが会話らしいことをしている」と記している。パソコン時代にあっても、文房具の存在感は変わらない。