連載・特集

2018.9.15みすず野

 最敬礼をしなければならなかった奉安殿ほどではないが、会釈もせずに通り過ぎると先生から注意されることもあったそうだ。薪を背負い、歩きながら書を読む二宮金次郎像である。国家への奉公を求める戦時教育の一端も担った◆大正末~昭和初期の小学校に銅製の像が多く立てられ、戦時中の金属不足を補うため児童に見送られて"出征"したのだとか。代わりに石やコンクリート製の像を置く学校も多かった。安曇野の取材先で見た像は台座に昭和19(1944)年の日付と作者の氏名を刻んだ木像だった◆二宮尊徳(金次郎)は江戸後期の小田原藩で、農村や家政の立て直しに敏腕を振るった。少年時代に寸暇を惜しんで勉学に励んだと伝わり、今日まで像が残っているのは地域の人が子供たちへの願いを重ねたからだろう。もっとも右は全て受け売りで、映画「学校の怪談」の登場シーンくらいしか思い浮かばなかったのだが◆役割が薄れた金次郎像は老朽や学校の改築などに伴い、次第に姿を消しているという。何となく寂しい。安曇野の木像は戦争中の学校の様子を語り継ぐ史料として11~12月に豊科郷土博物館で展示される。