連載・特集

2018.9.1 みすず野

 関東大震災の6日後、中央線の汽車が立川から出ると教えられた井伏鱒二は郷里の福山へ帰ろうと思い立ち、線路伝いに歩いた。早稲田近辺の下宿から持ち出したカンカン帽をかぶり、日和げたを履いて。余震で船酔いしているような気持ちだった◆甲府駅に汽車が着くと、婦人会や女学生の一団が慰問に来ていて「弾豆」を差し入れた。塩尻駅での待ち時間に雑貨屋で草履を買う。お代は避難民からもらえないと返された―。大正12(1923)年の大震災から95年、きょう防災の日◆引用した井伏の『荻窪風土記』は郷土の歌人・窪田空穂が学生の歌を直す姿も描く。早稲田の教壇に立っていた空穂は発災翌日、被害が大きかった一帯を歩き「負へる子に水飲ませむとする女手のわななくにみなこぼしたり」などと詠んだ◆玄関先にぶら下げて避難済みを知らせるカードを池田町が作ったと紙面にあった。安否確認や救助活動に役立つ。町外にも広がればいい。非常持ち出し袋の中身や災害時の行動を周りの人と話題にする日にしよう。井伏のカンカン帽は野宿の枕となった。わが町会は裁判所に集合して避難場所の開智小学校を目指す。