連載・特集

2018.8.22 みすず野

 「あの東北の古い静かな都会で私は一年ばかりを送った。私の生涯はそこへ行って初めて夜が明けたような気がした」。24歳の島崎藤村は明治29(1896)年秋、東北学院の作文教師として、仙台に赴任した◆宿舎で作った詩を毎月東京に送り、友人たちと出していた同人誌『文学界』に掲載、これが翌年『若菜集』と題して刊行される。藤村の処女詩集であり、日本近代詩の出発点を画した青春文学として、今日でも高く評価されている。藤村は仙台で"変身"を遂げた。なぜ仙台に行ったのか、どうして清新な詩をうたい上げられたのか◆記す紙幅はないけれど、藤村が下宿していた名影町を訪ねたことがある。さら地の一画に、古民家と土蔵がぽつんと残り、「日本近代詩発祥の地 『若菜集』 藤村下宿三浦屋跡地」の看板が立てられていた。古民家は三浦屋ではなさそうだった。いまもその看板は置かれているのだろうか◆藤村は過去を引きずりつつ、生まれ変わっては、別の人生を歩み出した人。それを生涯繰り返した。そこには女性の存在と、家というか血の重圧があった。昭和18(1943)年のきょう、71歳で没した。